音声入力物語~とばっちり係長・板野の奮闘記~

音声入力物語~とばっちり係長・板野の奮闘記~




世の中は理不尽だ。

22時を回ったオフィスで1人ため息をつきながら、板野は思った。

そりゃあ同期でひとり昇進したのは嬉しかったけど、その後降ってきた仕事の量がひどすぎる。月給が3,000円上がった程度で納得できる量ではない。
今までも営業先で適当なことを言っては方々から怒られる同期や、定時以降はあからさまに不機嫌になる後輩女子の尻拭いを全部してきたけれど、自分の仕事に手が回らなくなるほどではなかった。
ところが彼らの上司になった今は、社内で回す書類処理のチェックだけでなくクライアントへの謝罪も同行しなければならない。

今日も朝から部下の新規営業先訪問に同行し、途中でランチをおごって愚痴を聞き、午後にも2件同行した。自分の仕事は夕方に会社に戻ってからようやく始められるという有様だ。

「やだもう、信じらんない。」

今日の18時締め切りだった提出書類についてのメールを確認し、思わず声を上げた。

「どうしたの? 大丈夫?」

帰り支度をした音羽部長が突然ひょっこりと顔を見せて、板野は飛び上がった。

「あ、す、すみません! お疲れ様です、部長」

そもそもずっと優等生だったのだ。頭の固い両親から、どこに出しても恥ずかしくない女性になるようにとしつけられてきた。
愚痴や不満を口に出すなんてはしたないことだと思っていたのに、そんな姿をよりにもよって上司に見られるとは。

「どうしたの?」

とにかく面倒見が良いと評判の部長が近づいてくる。

「ちょっと今日、ご挨拶回りが多くて、なかなか仕事が終わらなくて。申し訳ありません、すぐに片付けて帰りますので」

「え、別に怒ってないんだけど、そんなに仕事の量多いの?
もし手が回らないんだったら、誰かに仕事振ってもいいんだし、何か相談に乗ろうか?」

「いえ、十分に少ないんですが、マネジメントができていなかったようです。申し訳ありません」

「いや、だから、そういうことじゃなくて」

部長が困った様子で板野のデスクを見下ろしてから、手近な書類を取り上げた。
とっさに隠し切れない書類の量や、デスクの散らかりように板野は真っ赤になる。
”残業を減らすように”との通達が来てから1年。平社員はすぐに帰るようになったし、上司たちもどんどん早く帰るようになっていたのに、自分だけうまく仕事のコントロールができず、こんな醜態を晒すとは。

叱られた子供のように首をすくめ、視線を落とす。資料をめくる音が、人のいないオフィスにやたら響く。

「ああ、自己評価シートかあ、これ、問題だよねえ……」

「えっ?」

「今って作らせるだけ作らせて、ほとんど確認してない部課長ばっかりなんだよねー。チームメンバーの全部読んでコメントいれて上に提出してるのって板野さんと僕だけだよ」

「それは……部課長の怠慢では……?」

板野は湧き上がる怒りを抑えきれず口にした。

「そうそう、怠慢。そのせいで人事評価のときに自己評価使えてないもん。結局ノルマ達成率ばっかりで評価決まってるし」

「ええ……」

「今度社長に言っとかなきゃなー。板野さんのチームのやつ見せながら説得したら納得しそうだし、今度使わせてね」

部長がにかっと笑う。
どうやら褒められたらしい。

「でも仕事終わらないのは問題だねえ」

……この人は持ち上げてから落とすタイプらしい。

「今すぐってわけにいかないけど、いっぺん仕事の棚卸ししてみようかね。
ちなみにさっき仕事してるの見てて思ったんだけどさ、もしかして入力って全部キーボードでやってる?」

「もちろん、PCですので…」

話がとたんに見えなくなり、板野は怪訝な顔をする。
他にどんな選択肢があるというのだ。まさか、この時代に「手書きで下書きをしてから入力を…」なんて言い出すのだろうか。
そういえば先日引退した専務はPCをまったく触れなくて(起動ボタンを押すと爆発しそうで怖いらしい)、プリントアウトしたメールに手書きで返事を書き、秘書にタイピングさせていたという噂がある。
音羽部長はスマホも使いこなしているようだし、いくらなんでもそんな無茶なことは言わないと思うのだが、はて。

「タイピングより音声入力のほうが早いし、そっち使えば?」

「おんせいにゅうりょく?」



音羽部長のオススメ、音声入力



聞きなれない「音声入力」という言葉に目を丸くすると、音羽部長は意気揚々とiPhoneを取り出し、自分のノートPCを広げた。

「ええと、じゃ、板野さんにメール書くから見ててね」

さすがに疲れが出てきた板野はすこしぼんやりとしながらその行動を見ていた。

「板野さんセミコロン、お疲れさまですてん、音羽ですまる。音声入力でメールを書いていますまる。いつもお疲れ様ですまる。がんばりすぎないでねまる。」

部長が突然iPhoneに向かって不思議な話し方で滑舌良く話し始め、眠気が吹っ飛ぶ。

「で、送信するとね、こうなる」

慌ててメールを確認すると、音羽部長からメールが届いていた。

”板野さん;お疲れ様です、音羽です。音声入力でメールを書いています。いつもお疲れ様です。がんばりすぎないでね。”

「ええと……今のって、なんですか??」

「音声入力。知らない?」

部長の機嫌は最高潮に達したらしい。ものすごく得意げで、鼻の穴まで膨らんでいる。こういうのをドヤ顔というのだろう。

「タイピングってどんなに早くてもしゃべるのには追いつけないでしょ? だいたい指も腕も疲れるじゃん。だったらしゃべったほうが早い」

「……はあ…」

「昔何個か音声入力ソフトってあったんだけど、ぜんっぜん使いモンにならなくて困ってたんだけどね。
今はiPhoneがあるでしょ、で、その音声入力っていうか音声認識ってすごくってさ、しゃべった内容ほとんど正確に入力してくれるのね。
たまに間違うけど、僕がタイピングするよりミスが少ないし、しかもめちゃくちゃ速いんだよね。
おかげで仕事どんどん片付くし、最高だよ!」

「ええと、それは難しくはないんでしょうか……?」

「大丈夫大丈夫!
まあ会社用のパソコンにソフトをダウンロードするのに申請は必要だけど、板野さんのiPhoneって社内無線LANに繋いであるでしょ? 同じ無線LAN内につないでいればiPhoneから音声入力飛ばせるよ」

音声入力を行う際の順番を聞くと、こういうことらしい。

1.リモートマウスというソフトとアプリをPCとスマホにそれぞれインストール
2.iPhone側でアプリを立ち上げ、キーボードを表示
3.日本語キーボードのマイクのマークをタップして、しゃべり始める
4.PC側のテキストカーソル(文章入力をする、点滅している縦棒のこと)位置に入力した文字が現れる


「まぁとりあえず、今日はもう帰りなさい。睡眠が足りてないと、せっかく優秀なのに能力が発揮できないよ」

「あ、あの、片付けたらすぐ帰ります」

「片付けも明日でいいから。終電も近いし、ほら帰った帰った」


音羽部長の娘自慢


翌日。

外部ソフトダウンロード申請書類を携えて、課長印をもらった板野は音羽部長の前に立っていた。

「おお、さすが仕事早いね。もう申請書類書いたの?」

「はい、今朝は早朝出勤して昨日終わらせられなかった仕事を片付けましたので、忘れないうちにと思いまして」

「結局長時間労働になっちゃうんだよねーほんと。残業の件はね、仕事の棚卸しするミーティング入れといたからね、ゆっくり話しましょう。とりあえずこの申請書類は通しておきます」

たいして書類に目も通さずに印鑑を押した後、部長は処理済みボックスにその書類を置いた。

「今朝さぁ、娘に音声入力の話を部下にしたんだよねって話したらさ、フリック入力もまだできていないくせに、なんて笑われちゃったよ」

昨日に引き続いてのドヤ顔に、さらに磨きがかかった笑顔の部長は嬉しそうに話す。

「お嬢さん、今大学生でしたっけ? とても優秀なお嬢さんだと伺っております」

「そうなんだよねえ、僕に似て優秀でさあ、顔もそっくりってよく言われるんだよねー、あ、見る? これ高校の卒業式のときの写真なんだけど……」


その後、音羽部長の娘自慢は延々30分続いたのであった。




あとがき~音声入力オススメだよ~


ということで、今回の記事は小説風にしてみました。

あまり普及していないようですが、音声入力は本当に便利です。

特にiPhoneの純正の音声入力はかなり認識率が高くて使いやすくてオススメ!!

今回はiPhoneの音声入力をPCに飛ばす方法をかけましたが、そもそもiPhoneの中でメモ帳やメールに書く時にも使えます。

「マイクのマークが邪魔だから消してしまった」と言う方も、そうでない方も、ぜひいちど試してみてください。

ちなみに音羽部長と板野係長の会社、未だに申請書類は紙で回すあたりがイケてないんだよな~と思いながら書いていました。

ていうか早く帰れっていう部長が一番労働時間が長いのでは。

もちろん完全にフィクションなんですが(笑)、紙ですべてを回すシステムや長時間労働、早く終わらないかなあと思います。

何はともあれ、音声入力、オススメです。

記事一覧

もうひとつオマケにいかがですか? 「ご飯の用意ができました」記事一覧ページはこちらからどうぞ♬